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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)14号 判決 1959年2月24日

原告 オルクラ・クルーベ・アクチボラーグ

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

原告のため、上告期間として、三ケ月を附加する。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十九年抗告審判第九〇二号事件について、特許庁が昭和三十一年八月三十一日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、千九百四十七年十二月六日ノルウエイ国にした特許出願に基き連合国人工業所有権戦後措置令による優先権を主張して、昭和二十六年一月十六日「含銅黄鉄鉱の完全処理法」について、特許を出願したところ(昭和二十六年特許願第四五七号事件)、昭和二十八年八月十二日拒絶査定を受けたので、昭和二十九年五月十一日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第九〇二号事件)、特許庁は昭和三十一年八月三十一日「原告の抗告審判請求は成り立たない」旨の審決をなし、その謄本は同年九月二十日原告に送達された。

二、審決は、原告の出願にかかる発明を、「鉱石を非酸化性気体中で焼結温度以下に熱して、硫黄の一部を気化し、生じたか焼鉱を稀硫酸で浸出して、硫酸鉄溶液及び硫化水素瓦斯を生成せしめ、一方銅及び他の夾雑金属を鉱滓並びに残つた鉄及び硫黄と共に残滓中に留め、残渣を後に処理して貴重成分を回収し、浸出段階で得られた硫酸鉄を溶液の形で隔膜電解槽中で電解して鉄を回収し、再生した硫酸を電解槽から新たなか焼鉱の浸出用に戻す工程を包含し、高度に多孔質なか焼鉱を製するように鉱石の前記加熱を焼結温度に近い温度で行い、電解可能な純硫酸鉄溶液を直接生成するように、前記稀硫酸による鉄の溶解を分別的に行い、この溶液を直接前記の電解操作に供し、前記隔膜電解槽から硫酸と鉄以外に酸素瓦斯も回収する含銅黄鉄鉱の完全処理法」に存するものと認定した上、原告主張の優先日以前に国内に国内に頒布された特許第六五六五三号明細書を引用し、両者を比較して、「原鉱中の硫化鉄を非酸化性雰囲気中で加熱して、硫黄の一部を気化回収し、鉄分を硫化第一鉄となし、稀硫酸で抽出して硫酸第一鉄溶液と硫化水素瓦斯とを生成すると共に、原鉱中に含まれる銅その他を沈澱として分離回収し、生成する硫酸第一鉄溶液を隔膜電解法を適用して、鉄を採取すると共に、副生する硫酸を熱処理鉄鉱石の浸出用に供する点においては、両者軌を一つにし、ただ本願発明においては、最初に加熱する処理温度が引用のものより稍々高く、また本願発明においては、生成する比較的稀薄な硫酸第一鉄溶液をそのまま電解を行つて、酸素瓦斯を発生させている点が、引用のものと異つているけれども、原鉱石の焙焼温度は黄鉄鉱と称せられている鉱石の種類により含有成分に差があるために、温度に高低の差のあるのは当然のことであつて、共に焼結温度以下で実施するので特に差異あるものとは認められない。また熱処理鉱石を稀硫酸処理をして得られる硫酸第一鉄溶液を、引例の如く一旦蒸発して結晶を作り、純化してこれを水で溶解して電解液となすか、本願発明のように純化工程を経ずして直ちに電解液とするかは、当該技術者が必要に応じて適宜実施する程度のものであつて、特に発明力を要するものと認められないばかりでなく、電解液が稀薄な場合には、酸素瓦斯が発生することは、当然考えられるところである。よつて本願の発明は、原査定で引用された公知事実より、当業者が容易になし得る程度のものであつて、特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものと認める。」としている。

三、しかしながら審決は、次の理由により、違法であつて取り消されるべきものである。

(一)  原告が特許願に添付した明細書及び添付図面によれば、原告の発明の要旨は、次のように把握せられるべきものである。すなわち、

(イ) 連続的に装入される含銅黄鉄鉱は、密閉炉(1)内において、非酸化性雰囲気中で焼結温度と近く、かつこれに達しない温度(摂氏八〇〇―九〇〇度)にか焼される。かくて一原子の硫黄が駆出せられ、かつ、鉱石は次工程における鉄分の選択的浸出に適する多孔質となる。

(ロ) 駆出された硫黄蒸気は、蒸気缶(2)内において冷却され、固状硫黄として収得される。

(ハ) 多孔質化鉱は、処理容器内(3)内において、稀硫酸で鉄分(大部分)を選択的に浸出する。直接に電解可能な純硫酸鉄溶液を得るために、浸出は分別的に行われる。かくて硫酸第一鉄溶液と、この鉄分に相当する量の硫化水素と、銅、硫黄、珪酸等を含有する鉱滓とに分れる。

(ニ) 硫酸第一鉄溶液は、電解槽(4)において、隔壁電解されここに鉄が収得されるとともに、硫酸と純酸素とを副生する。硫酸は、多孔質化鉱処理容器(3)に還流せられ、再使用せられる。

(ホ) 副生した純酸素の一部分は、処理浴(3)において副生した硫化水素の一部分とともに、燃焼室(5)内で、亜硫酸瓦斯となる。

(ヘ) この亜硫酸瓦斯と前記副生硫化水素の一部分とは、一対二の割合で導入され、反応器(6)内において、触媒例えば多孔性含アルミナ触媒の存在において、

2H2S(硫化水素)+SO2(亜硫酸瓦斯)→2H2O(水蒸気)+3S(液状硫黄)

となり、しかも気体と液体であるから、容易に分離される。

右反応は、瓦斯容積の減少を来たすので、加圧下に反応せしめて、迅速に進行せしめ、しかも生成する水蒸気は、加圧蒸気となるから、瓦斯導入用加圧喞筒に利用される。

(ト) 処理容器(3)よりの浸出鉱滓は、電解槽(4)よりの純酸素と、処理器(7)内で処理せられ、ここに銅が収得されるとともに、副生する亜硫酸瓦斯は、前記の触媒反応器(6)に導入せられ利用される。

以上本発明の要旨は、明細書中に説述されているとともに、特許請求の範囲及び附記各項に記載されているので、総合的にかく把握理解される。

しかるに特許庁においては、審査官も抗告審判官も、この一系の処理方式の一部についてのみ、しかも形式的、皮相的に審査、審理し、全工程の結合による作用、効果、目的を顧みず、新規の特徴ある一部の操作工程を無視している。

本件発明における各工程は、前述したように、作用、効果、目的上互に密接に関連し、工業的に重要な意義を有し、このことは、明細書、添附図面、意見書、抗告審判請求書に明白に記載されている。従つてこれら諸工程は、一系の処理方式を構成し、そこに本件発明の要旨が存する。

特許法施行規則第三十八条第五項但書において、附記は実施の態様と目されているが、発明の詳細なる説明中における実施例とは、おのずからその意義を異にする、二次的或いは間接的請求範囲の意義を有し、実質的に発明の要旨を把握するために重要な記載である。従つて附記は、審査、審理上無視せられるべきではなく、もし附記の内容が、請求範囲中に取り入れられれば、新規の発明と認められ得る場合、その旨指令して特許されるべきものと信ずる。(附記でなく、詳細な説明中の記載でさえ、同様であると信ずる。現に従来慣行されている。)特許性の存在に目を被い、形式的に審査、審理し、徒らに拒絶を事とするのは、特許庁として採るべきではない。本件の場合、附記各項に着眼すれば、明白に特許性が認識される筈である。

更に「特許請求範囲の附記」について一言するに、発明実施の態様は、「発明の詳細なる説明」の項において記述されるべき性質のもので、これは特許庁における永年の慣行でもある。従つて前述の施行規則にいわゆる「実施の態様」は、やや異つた意義を有するものと解さなければならない。

日本の特許請求の範囲は単項式といわれ、米国等の特許請求の範囲は多項式といわれている。前者において附記を許されるのは、単項式の準請求の範囲と解すべきである。多項式では、後の項が前の項に依存することを要しないのに対し、単項式では後の項(附記の項)が、前の項(主項)に依存することを要するの差異あるのみであると解せられる。

米国等諸外国の審査慣行は、訂正指令と拒絶通知とを兼ねた通知が出願人に対し発せられると共に、請求範囲の各項につき、特許性の有無が通知され、甚だ能率的効果的である。附記は準請求範囲であるから、これを審査上無視しないのが正当である。特許制度は発明を保護するのが主眼である。出願明細書の中に、保護さるべき発明を見出してやるのが、特許法の精神に合致するものであり、附記に記載してあつても無視するのは、特許法の精神に背馳する。(もし附記に特許性があれば、「附記何項を請求範囲とすれば」特許性があるとか、拒絶理由がないとか通知すればよい。)かかることは、ただに妥当か失当かの問題ではなく、適法か違法かの問題である。

(二)  審決が引用した特許第六五六五三号の方法では、電解が高濃度で行われ、硫酸及び過硫酸の濃厚混合物が陽極に生成する。この混合物は、鉄分浸出工程に利用されるに不適切である。しかもその硫酸及び過硫酸は、非常に濃厚であり、硫酸が損失される。その損失を防止せんがために、新たに稀硫酸を絶えず、陽極室に供給しなければならない不利があり、陽極の寿命も、また長くない。

これに反し本件発明の方法では、稀薄にして純粋に近い硫酸鉄溶液を、そのまま隔壁電解に服せしめるのである。従つて引例の方法のような欠陥がないばかりでなく、鉄分の収得と共に副生する硫酸は、前工程の浸出に循環的に再使用される。(なおここに酸素も副生するので、これを浸出工程で副生する硫化水素の一部と反応せしめて、亜硫酸瓦斯となし、更にこの亜硫酸瓦斯を硫化水素の一部と、触媒反応せしめて、水蒸気及び液状硫黄たらしめる。)

前述のように純粋に近い硫酸鉄の稀薄液が得られるのも、含銅黄鉄鉱を特に摂氏八〇〇―九〇〇度でか焼するからであり、一部分の脱硫で鉱石が多孔質化されるからであり、分別的浸出を行うからである。引例の方法では、摂氏六〇〇度に加熱するに過ぎないから、かくの如き多孔質化は行われない。また引例では分別的浸出も行わない。

審決も、瑕疵温度の相違及び電解条件の相違は、これを認めているが、しかもこれを単なる程度の差として軽視している。六〇〇度と八〇〇―九〇〇度とでは、単に数字的にみれば、大した差違でないように見えるかも知れないが、工業的操作の見地からは顕著な差異であり、しかも本質的に作用効果上の相違を来たすものである。審決がなしたような形式、皮相的な判断は、違法であり、少なくも失当である。

被告代理人は、右か焼温度の相違に関し、「両者均等の反応を行わせるものであるから、殆んど同様な温度である。」と主張しているが、本末顛倒の論結である。同様な温度ならば、両者均等の反応が行われると論結されうるであろうが、逆には論結されない。従つて被告代理人のように、「たとい引用例中における温度が、ほぼ六〇〇度と記載してあつても、単なる一例を示したに止まつて、処理する原鉱石中の成分いかんによつては、本件発明程度の温度も、当然採用するものと認められる。」と推認することは、無理な推認であり、かような推認をされては、発明の認識が行われ難くなる。事実本件発明におけるか焼要件は、左様な大まかなものではなく、ほぼ摂氏八〇〇度ないし九〇〇度におけるか焼(焙焼)であつて、(被処理鉱も含銅黄鉄鉱に特定されている。)摂氏七〇〇度でも不可、摂氏六〇〇度の如きは、なお更不可であつて、上述のような論結や、推認の許されないことは目明の理である。引用例の方法では、直接に電解に附され得べき高純度の硫酸鉄溶液が溶出(浸出)されず、濾過して結晶を析出せしめた後再溶解しなければ、電解に付せられない。これに反し、本件発明の方法の場合、直接に電解に付され得べき高純度の硫酸鉄溶液が溶出されるのであつて、このことは工業の実際において、極めて重要な効果であり、これはか焼温度が、ほぼ摂氏八〇〇度ないし九〇〇度であることに基因する。

(三)  審決が、本発明において、(ハ)の工程より得られる硫酸第一鉄溶液が直ちに電解に付せられるものであることに関し、「引例の如く一旦蒸発して結晶を作り、純化してこれを水で溶解して電解となすか、本願発明のように純化工程を経ずして直ちに電解液となすかは、当該技術者が必要に応じて、適宜実施する程度のものである」としているが、本件発明方法の場合は、結晶を析出せしめ水に再溶解する必要なきに反し、引例の方法ではその必要があるばかりでなく、両者の差異が工業の実際においては、極めて重大な相違であることは、右に述べたとおりである。

(四)  審決はまた本件発明の(ニ)の工程において副生する純酸素を、(ホ)の工程において使用することに関し、「電解液が稀薄な場合には、酸素が発生することは、当然考えられるところである。」としているが、かかる原理の発見ではなく、その原理を工業的に活用する点に発明が存するのである。しかも本件発明は、かかる条件での工程を包含する各工程の結合、すなわち一系の方式に特徴を有するのである。

かくの如き条件で副生した純酸素は、別に副生の硫化水素と反応せしめられ、かくて生成する亜硫酸瓦斯は、別に副生した硫化水素と触媒反応せしめられ、水蒸気と液状硫黄とに化成され、硫黄が収得され、加圧蒸気は喞筒に使用される。

かかる部分については、引例に全然記載がない。審決はこの点について、審理を尽していない違法がある。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  本件発明の要旨は、請求原因二に記載された審決が認定したとおりであつて(同三のうち(イ)から(ニ)までの工程に該当する。)、原告が主張する同(ホ)から(ト)までの工程は明細書中「特許請求の範囲」に全然記載されず、本件発明の要旨に含まれない。特許法施行規則第三十八条第五項には、「特許請求ノ範囲ニハ、発明ノ構成ニ欠クヘカラサル事項ノミヲ一項ニ記載スヘシ」となつていて、発明の構成に不可欠な条件は、特許請求の範囲に書くことを規定してあり、同項但書には、発明実施の態様を「附記」に記載することが規定してあつて、発明の要旨でないことは、現行の審査及び審理方針でも、この規定を遵守している。もし出願人が、要旨の一部に附記の記載を挿入する場合は、もちろん発明の要旨中に包含されるが、審査官及び審判官は附記の記載を要旨の一部に挿入する指令をすべきではない。

発明の実施の態様は「発明の詳細な説明」の項において記述されるべきことは、原告のいうとおり、特許庁の永年の慣行であるが、前記規則第三十八条第五項の規定に鑑み、特にわが国のように単項式を採用する国においては「特許請求ノ範囲」の項に、発明の必須要件を十分に記載することが必要であつて、いわゆる多項式を採る国とは、制度が異つている以上、「附記」には要旨となる点を含めないことが従来からの考え方である。もちろん附記に記載している事項が、発明の構成要素の一部をなすことの主張が、審査又は審判継続中にある場合、これについて十分審査及び審理を行い、発明の保護をなすことは当然であるが、原告より拒絶理由に対する意見書及び抗告審判請求理由中に全然このことの主張のない本件については、附記に記載している事項を必須要件と認めなかつたことは、当然であつて、何等違法ということはできない。

(二)  次に本件発明の右の要旨と、引用にかかる特許第六五六五三号明細書に記載されたものとを比較すれば、次のとおりである。

(イ)及び(ロ) 本件発明は、「鉱石を非酸化性気体中で焼結温度以下に熱して硫黄の一部を追い出す」のに対し、引用明細書は「多少の金銀銅等の金属を含有する黄鉄鉱のような含鉄化鉱物を原料とし、これを空気に触れさせないで、ほぼ摂氏六〇〇度に加熱して、原鉱中の鉄は、硫化第一鉄に変化し、硫黄の一部は気化して、硫黄として採取する」旨が記載されている。原告は、焼結温度に近く、これに達しない温度(摂氏八〇〇―九〇〇度)にか焼して鉄分の選択的浸出に適する多孔質とするものであると主張するけれども、そのか焼温度は原鉱石中の鉄分を硫化第一鉄とし、同時に原鉱中の硫黄の一部を気散させる両者均等な反応を行わせるものであるから、殆んど同様な温度であつて、たとい引用例中における温度がほぼ六〇〇度と記載してあつても、単なる一例を示したに止まつて、処理する原鉱石中の成分いかんによつては、本件発明程度の温度も、当然採用するものと認められる。更に原鉱中の硫化鉄より硫黄分が一部内部から気散するから、引用例の場合においても、本件発明と同様多孔質になることは必然的であつて、両者の間に差異はない。

(ハ) 本発明における「か焼鉱を稀硫酸で浸出して、硫酸鉄溶液及び硫化水素瓦斯を生成し、一方銅及び他の夾雑金属を、鉱滓並びに残つた鉄及び硫黄と共に残滓中に留め、残滓を後に処理して貴重成分を回収するまでの工程」を吟味するに、熱処理を経た原料を稀硫酸で処理し、原料中の鉄を硫酸第一鉄溶液に変じ、原料中に含有する金、銀、銅、残部の鉄及び硫黄分の少量を残滓中に含有させると同時に、硫化水素を発生させ、残滓中の貴重成分を別途に回収することは、いずれも引用例中に記載せられ、両者に差異はない。原告は、多孔質化鉱を、稀硫酸により、鉄の大部分を選択的に浸出し、直接に電解可能な稀硫酸鉄溶液を得るようにするものであると主張するが、稀硫酸により鉄の大部分が浸出されることは、引用例中にも示されるところであり、浸出される硫酸第一鉄溶液が純鉄電解製造用原料として採出されることも、引用例中に記載されている。ただ本件発明は浸出した稀硫酸第一鉄溶液を直ちに電解に付しているのに対し、引用例では浸出した稀硫酸第一鉄溶液から残渣を分別した溶液から、硫酸第一鉄の結晶を析出させ、この結晶を水で溶解した溶液を電解しているが、本件発明のように、鉄以外の不純物の沈澱を濾別することなく電解するに当つて、純鉄を電解的に製造することを目的とする場合には、電解液の不純化、陰極に折出する鉄の純度の低下を招来することは、電解反応上常識的に考えられるところであつて、先ず沈澱を濾別し、溶液中の主成分を純粋に結晶として析出させ、これを電解に必要な濃度の溶液に溶解する引用例より特に効果があるとは認められない。また沈澱物中の不純分の量いかんによつては、単に鉄を採取することが目的ならば、浸出稀硫酸第一鉄溶液を直ちに電解用溶液として採用することは、必要に応じ適宜実施し得る程度のものであつて、特に発明力を要するものとは認められない。

(ニ) 本件発明において、「硫酸鉄溶液を隔膜電解槽中で電解し、鉄を回収し、再生した硫酸を電解槽から新たなか焼鉱の浸出用に戻す」点は、引用例中にも詳細に説明されている。

(三)  原告主張の請求原因三の(一)の(ホ)、(ヘ)に掲げられた工程が、本件発明の要旨に含まれないことは、前述したところであるが、この両者について一言すれば、

(ホ)「電解の際副生する酸素の一部が、前工程で副生する硫化水素の一部とともに亜硫酸ガスとなる」ことは、電解液の濃度が低下する場合、すなわち溶質より水の部分が増加するにつれて、水の電解も溶質の電解とともに生成し、酸素瓦斯の発生することは、電解操作に当つて極めて普通に見られる現象であつて、公知の文献を示すまでもないところであり、また硫化水素と酸素との両瓦斯体から、亜硫酸瓦斯体から、亜硫酸瓦斯を生成することは、極めて初歩の化学反応である。

(ヘ)最後に「亜硫酸瓦斯と副生硫化水素の一部分とを、一対二の割合で、触媒の存在で酸素に反応させ、液状硫黄と水蒸気とを生成せしめる」点は、本件発明明細書中において、公知の方法であると説明しているところである。

(四)  原告は、審決は「一系の処理方式の一部のみ、しかも形式的、皮相的に審査、審理し、全工程の結合による作用、効果、目的を顧みず、新規の特徴ある一部の操作工程を無視している。」と主張するが、審決は、(ニ)において述べたように、逐次本件発明の要旨とする点と、引用例との比較を詳細に説明し、本件発明は、引用例中に記載してある公知事実及び周知の手段によつて、容易に実施し得る程度のものであることを認定したもので、原告の右非難は当らない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第号証の一ないし五(特許願及び添付書類)及び甲第三号証の一、二、三(昭和二十八年六月四日付訂正書)を総合すれば、原告の本件出願にかかる発明の要旨は、「鉱石を非酸化性気体中で、焼結温度以下に熱して、硫黄の一部を追い出し、生じたか焼鉱を稀硫酸で浸出して、硫酸鉄溶液及び硫化水素瓦斯を生成せしめ、一方銅及び他の夾雑金属を鉱滓並びに残つた鉄及び硫黄と共に残滓中に留め、残滓を後に処理して貴重成分を回収し、浸出段階で得られた硫酸鉄を溶液の形で、隔膜電解槽で電解して鉄を回収し、再生した硫酸を電解槽から新たなか焼鉱の浸出用に戻す工程を包含し、この場合、高度に多孔質なか焼鉱を製するように、鉱石の加熱を焼結温度に近い温度で行い、電解可能な純硫酸鉄溶液を直接生成するように、前記稀硫酸による鉄の溶解操作を分別的に行い、この溶液を直接電解操作に供し、隔膜電解槽から硫酸と鉄以外に酸素瓦斯も回収することを特徴とする含銅黄鉄鉱の完全処理法。」であるものと認定するを相当とする。

原告代理人は、原告の出願にかかる発明の内容を、請求原因三の(一)にかかげた(イ)から(ト)までの工程に分析し、該発明の要旨は、これら諸工程が結合し、全体として一系の処理方式を構成している点に存するものと主張する。そして当裁判所が右に認定したところは、原告のいう(イ)から(ニ)までの結合を以て、本発明の要旨となしたものであるが、(ホ)から(ト)までの工程及びその結合は、要旨の認定から除外されている。原告代理人は、これら除外された工程及びその結合は、たとい明細書における「特許請求の範囲」の項に記載されていなくても、明細書中「附記」の項に記載されたものであるから、審査官、審判官は、当然これを発明の構成要件として考慮すべきものであると主張し、前記甲第一号証の四及び甲第三号証の三によれば、原告が特許願に添付した明細書には、「特許請求の範囲」の項(同項は、後昭和二十八年六月四日付で、全文にわたり訂正された。)に続き、「附記」として、「一、酸処理により得られる硫化水素の一部の燃焼に、また必要に応じ鉱泥を焙焼して、硫化水素二分子と亜硫酸瓦斯一分子との混合瓦斯となすために、電解の際発生する酸素を使用し、かつ上記混合瓦斯より液状硫黄と蒸気とを接触的に得る特許請求範囲記載の方法、二、加圧下に触媒を作用せしめる附記第一項記載の方法」と記載されてはいるが、これらの事項は、原告が当初特許願に添付した明細書及びその後提出した訂正書における「特許請求の範囲」のいずれにも記載されていないことが認められる。そして原告も引用する特許法施行規則第三十八条には、明細書の記載事項を規定し、その五項に「特許請求ノ範囲ニハ発明ノ構成ニ欠クベカラザル事項ノミヲ一項ニ記載スヘシ。但シ発明実施ノ態様ヲ別項ニ附記スルコトヲ妨ゲズ。此ノ場合ニ於テハ其ノ附記タル旨ヲ明示スヘシ。」と規定してあるのに鑑みれば、明細書中単に「附記」の項のみに記載され、「発明ノ構成ニ欠クベカラザル事項」を記載すべき「特許請求の範囲」の項に記載されない右(ホ)から(ト)までの工程及びその結合は、本件出願にかかる発明の構成要素をなさないものとして、要旨の認定から除外すべきものと解するを相当とする。そしてこのことは、ひとり右特許法施行規則の規定の解釈からそのようであるばかりでなく、前記明細書の記載に徴するも、原告はその「発明の詳細な説明」の項に、前記(イ)から(ニ)までの工程を記載した後、「上記酸処理により発生する硫化水素瓦斯より硫黄を回収するには、例えばクラウス氏法すなわち接触的燃焼によつても行われる。すなわち、

H2S+O→H2O+S

しかれどもなるべく少量の硫化水素瓦斯を、なるべく上記電解の際の酸素を使用して、燃焼室(5)で燃焼し、亜硫酸瓦斯として(若し空気で燃焼せしめた場合は亜硫酸瓦斯を公知の方法で適当な吸収剤中に吸収せしめて純粋とする)後、残余硫化水素瓦斯を上記亜硫酸瓦斯と容量比で二対一に混合し、而してこれを適当な触媒(6)上に通ずれば適当な温度で、次の反応が行われる。

2H2S+SO2→2H2O+3S

この方法においては、例えば多孔性含アルミナ触媒の如き触媒を公知の方法で使用することができる。(中略)酸処理の残渣中には、銅の外例えば金、銀、コバルトの如き有用金属の外、珪酸幾分の鉄及び硫黄が含まれる。この黄銅鉱泥を公知の方法で処理し、例えば浮遊選鉱し、或いはせずして直接熔解、ベツセマー法処理、焙焼或いは抽出して、銅その他有用金属を回収する(下略)。」とし、これらの工程が、いずれも公知の方法を利用するものであることを明らかにしながら、これら工程の結合によつて、格別の作用効果が発生することを、何等明らかにしていないことによつても、原告がこれら工程の結合を、本件発明の要旨としなかつたことが認められる。

原告代理人は、特許請求の範囲の「附記」について、発明の実施の態様は、「発明の詳細な説明」の項において記述さるべき性質のもので、前述の特許法施行規則第三十八条第五項にいわゆる「実施の態様」は、やや異つた意義に解されなければならず、特許請求の範囲の記載について、単項式を取るわが特許法においては、「準請求の範囲」と解すべきであると主張するが、同条第五項にいう「発明実施ノ態様」が、同条第三項に「発明ノ詳細ナル説明ニハ、其ノ発明ノ構成、作用、効果及実施ノ態様ヲ記載スベシ」とある「実施ノ態様」と、特に別異の意義を有するものと解するのは困難であるばかりでなく、原告のいわゆる単項式を採つたわが法制が、「附記」によつて、この原則の例外を開き、多項式ないしは「準請求の範囲」を認めたものとは到底解されない。

三、その成立に争のない甲第二号証の二によれば、審決が引用した特許第六五六五三号明細書(大正十四年六月五日公告)には、次のような硫化鉄鉱(黄鉄鉱、白鉄鉱、磁硫鉄鉱、黄銅鉱等含鉄硫化鉱物の全般を包含する。)の処理法が記載されていることを認めることができる。

(い)  原鉱石を空気に触れしめないで、ほぼ摂氏六〇〇度に加熱し、原鉱中の鉄を硫化第一鉄に変化すると共に、硫黄の一部を気化分離させる。(第一工程)

(ろ)  右の気化分離した硫黄を凝集せしめて、硫黄を採取する。(同第一工程)

(は)  熱処理を経た原料は、密閉した溶解槽内で稀硫酸と作用せしめると、原料中の鉄は、硫酸第一鉄に変じ溶液となる。この際原料中に含有せられた金銀銅等のうち、金はそのまま分解しないで残渣中に入り、銀銅等は、この操作において発生する硫化水素により硫化物に変じ沈澱し、残渣中に入る(第二工程)。右残渣は、公知の方法によつて処理し、金銀銅を収集し、(附属操作)、第二工程において発生する硫化水素瓦斯は、これを瓦斯貯槽に導き、硫酸裂造等適宜に使用できる(附帯工業)。

(に)  濾過機から出た硫酸第一鉄の水溶液は、これを濃集し、硫酸第一鉄の結晶を析出させ(第三工程)、この結晶に水を加え、ほぼ四〇%の水溶液となし、電解に供する(第四工程)。

右硫酸第一鉄溶液は、陽極室及び陰極室よりなる隔膜電解槽に入れて電解し、鉄を採取し(該発明の主要工程)、電解槽陽極室の硫酸の濃度は、電解の進行に伴い増加するから、これは第二工程における溶解槽に送り溶媒として使用する。

四、以上認定するところに従い、本件発明の要旨とするところと、引用にかる特許明細書に記載されたところとを比較するに、両者は、「含銅黄鉄鉱を非酸化性零囲気中で加熱(か焼)して、硫黄の一部を気化せしめ、これを冷却回収すると共に、鉱石中の鉄分を硫化第一鉄とし、この加熱処理した原料を稀硫酸で浸出(溶解)して、硫酸第一鉄溶液及び硫化水素瓦斯を生成せしめ、一方銅その他の金属類は残渣中に留中に留めて、この残渣から別途回収し、また硫化水素瓦斯からは硫黄分を回収する。そして右硫酸第一鉄溶液は、これを隔膜電解槽で電解して、鉄を回収し、電解槽で生ずる硫酸は、か焼鉱石の溶解に使用する。」点において一致し、次の点において相違する。すなわち、

(一)  原料鉱石の加熱温度が、本件出願発明においては、焼結温度よりは低いが、それに近い摂氏八〇〇度―九〇〇度程度であるのに対し、引用例記載のものは、摂氏六〇〇度程度である。

(二)  本件出願発明では、か焼鉱を稀硫酸で溶解して得られる硫酸第一鉄の稀薄溶液をそのまま隔膜電解に供しているが、引用例では、該溶液を一旦濃縮して、硫酸第一鉄の結晶を生成せしめ、この結晶を再び水に溶解して硫酸第一鉄溶液となし、これを隔膜電解に供する。(なお引用例の溶液の濃度は、本件出願発明のものよりも濃く、従つて電解条件がやや異る。)

(三)  本件出願発明では、電解によつて副生する酸素を利用(鉱滓より銅の採取、硫黄の回収等)しているが、引用例では、これについて格別の考慮を払つていない。

よつて右相違点を中心として、本件出願の発明が、新規な工業的発明を構成するものであるかどうかについて検討する。

(一)  原料鉱石のか焼温度が、引用例においては、摂氏六〇〇度程度であるのに対し、本件出願発明では、焼結温度以下でこれに近い温度(具体的には摂氏八〇〇度―九〇〇度)であるが、引用例の摂氏六〇〇度というのは、か焼温度の一例を示したものに過ぎず、これを絶対の要件としているものではなく、原鉱石の性質等に応じて焼結しない範囲において適宜上下することができるものと解するを相当とする。けだし該発明は、ひろく硫化鉄鉱から硫黄分を一部追い出して多孔質なか焼鉱を得るのが目的であるから、原料鉱石が堅硬であれば比較的高い温度を必要とし、脆弱で反応性に富むものであれば、低い温度でも十分その目的を達することができるからである。

してみれば本件発明における加熱温度もこの種鉱石のか焼温度としては、格別特異な温度といいがたく、この差異を以て、両者が、その作用、効果を異にするものとは解されない。

原告は甲第七号証(ジクールト・アーネルート及びアルベルト・ハーゲン作成の実験結果報告)を提出して、本件出願の発明が特別の作用効果を有するものであることを立証しようとしているが、右は引用例記載のものの温度が摂氏六〇〇度であることを、絶対の要件とする前提に立つてのみ、肯定することができるものであるから、右甲第七号証は、前記判断を覆えす資料とはなし難い。

(二)  本件出願発明では処理容器(溶解槽)で得られる稀薄な硫酸第一鉄溶液を、そのままで鉄解操作に供するのに対し、、引用例では、これを一旦濃縮して硫酸第一鉄を結晶せしめ、この結晶を再度水に溶解して、比較的濃厚な硫酸第一鉄溶液として電解することが示されている。

しかしながら引用例では、可及的純粋な電解液を得るために、右に述べたような操作を行い、従つてその濃度も電解を能率よく行うために調整を施しているものであることは該明細書(甲第二号証の一)の記載に徴し明白であつて、本件出願発明のようにか焼鉱の溶解によつて意られる稀薄な硫酸第一鉄溶液をそのままで鉄解に付することが可能なことは、いうをまたないところである。

原告代理人は稀薄な硫酸第一鉄溶液を、そのままで電解することが新規なことであるように主張するが、該電解液の純度、濃度、電解操作の諸条件、電解効率等について、全然知ることができない本件明細書の記載によつては、この点を以て、新規な発明を構成するものとすることはできない。

(三)  電解によつて副生する酸素の利用について、本件出願発明はこれを発明構成上の一要素とし、引用例は全然これに触れていないが、稀薄な電解液を用いる場合、電解に伴つて酸素が発生することは当然であつて、何等異とするに足りず、従つてこの酸素を適宜利用することは、実際の操業上当然考慮されるべきことに過ぎない。その利用の態様が新規であり、それがため必須の事項が、特許請求の範囲に記載されているならば格別、かかる事実の認め難いことは、二において述べたところであるから、この点の相違も、原告の出願のものを新規の工業的発明とはなし得ない。

五、以上認定するところによれば、原告の本件出願の発明は、引用の明細書に示されている公知の事実から、斯業技術者が容易に実施することができるものであつて、新規な工業的発明を構成するものとはなし難く、これと同趣旨に出でた審決は適法であつて、その取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、上告の附加期間について、同法第百五十八条第二項を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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